「出草之歌」は見たほうがいい。

「これは説明ではない。闘いのうたである。」
この迫力を、どう伝ええればいいのだろう、と考えていたら、松本健一谷川雁について書いたこの一節を見つけた。まさに映画「出草之歌」のことだ、と思った。

「出草之歌」は、靖国神社に対して「高砂族の合祀を取り消せ」と裁判や抗議行動を行ってきたチワス・アリ(高金素梅)さんを中心に、台湾先住民の運動を撮ったものだ。しかし、靖国への抗議行動は最後に少しだけ出てくるだけだ。警官隊との衝突も、街頭を埋め尽くすデモ隊も出てこない。ほとんどは台湾での先住民としての日常的な「運動」を描いている。

伝統的な歌と踊りを子どもたちに継承する場である村祭り。台湾大地震の救援活動から生まれた「原住民部落工作隊」という活動家グループとその音楽部門たる「飛魚雲豹音楽工団」というグループの各地での演奏。トラックにスピーカーを積み込んで部落を回るチワス・アリさんの選挙活動。台北で、民族性を生かしたあるいは民族性にこだわらない形で、それぞれの音楽活動を行う先住民出身のミュージシャンたち。これらすべてが、「原住民」(彼らは自らをそう呼ぶ)の生を取り戻す「運動」だ。

印象に残るのは、とにかく人がうたい、踊る場面が多いということ。タイトルともなっている「出草之歌」など、「飛魚雲豹音楽工団」が歌う曲ももちろんだが、「工作隊」の活動家=ミュージシャンが仲間の飲み会でギター片手に即興でうたう歌、地元の宴会のカラオケで歌われる演歌(?)、選挙活動の合間にチワス・アリさんが女優時代に出したCDをかけながらうたうポップス。村の老人がうたう日本の軍歌も忘れてはいけない。

そうして、こうした先住民の活動のさまざまな姿が映されたあとに、先住民たちの日本での行動が描かれるのだ。この部分では、見ていて胸が苦しくなる。彼らの力強さと、対照的な現代日本のみじめさ。チワス・アリさんが、靖国神社の人物に向かって「人間の尊厳というものがわからないなら、お前らの言う『神道』など、クソのようなものだ!」と叫ぶとき、その苦しさはもう耐えられないものになる。

それにしてもこの監督、あるいは撮影集団は只者ではない。この映画には本当に、あのイヤらしい「説明」がない。なかなかできないことだと思う。とくに90年代以降の日本の「なか」に住んでいると。説明がないことでこの映画そのものが「運動」になっている。

「出草之歌」は金曜日(6日)まで渋谷UPLINK factoryで上映中。「続・出草之歌」に向けて、8月のキャンドル行動などを撮った「超・予告編」なるものも上映される。21日にも三鷹で開かれる「フィリピン元「慰安婦」を支援するネットワーク・三多摩」の集会で上映されるとのこと。

ぜひ多くの人に見てもらいたい。これは見たほうがいい。

「出草之歌」公式サイト
http://headhunters.ddo.jp/default.files/frame.htm

今度の週末に「ぼくが見た靖国行動」の続きを書きます。おい、もう10月だぜ〜。