ぼくが見た「靖国行動」(2)

靖国パンデ?
「ウーッホッホー!」「ウーッホッホー!」
動き始めたデモの先頭で、台湾先住民の人々が雄叫びを上げている。
この声は聴いたことがある。昔、台湾で買った「布農(ブヌン)族之歌」。古老たちの歌を採取したあのテープのなかで、繰り返されていた雄叫びだ。
黒赤Tシャツの台湾グループの後ろを、色とりどりの美しい布を空高くひらめかせる韓国グループの白いTシャツが動き出す。
「日本人の方は第3悌団に入ってくださーい」。主催者がスピーカーでそう叫んでいる。ぼくはかまわずに韓国グループに飛び込もうかと思ったが、友人にたしなめられた。
「彼らと私たちは立場が違うんだから。それやっちゃダメだよ」
それはそうだ。正しい。しかし・・・。

第3悌団、「日本人」のデモは静かに進んでいく。前のほうでリズミカルで勇ましいコールを繰り広げている韓国の隊列が気になってしかたがない。日本の隊列は、アナウンサーのような女性の声が、車の中からコールを行っている。
「靖・国・はん・たい」「靖・国・パン・デ」
「!」マークをつけるのが気がひけるくらい、のんびりしたコールだ。ちなみにパンデは、「反対」の韓国語読みである。漢字を韓国語読みにするというセンスも、よくわからない。なんだか意気が消沈してきた。
裏道から靖国通りに出る。隊列は、靖国神社の大鳥居を横目で見ながら、反対方向に進んでいった。8月だというのに何故かひんやりした空気を感じて身が引き締まる。
神保町は夜が早い。6時に古本屋が一斉に閉じると、ほとんど人通りも途絶えてしまう。暗い街を進んで行くと、歩道に警官隊に取り囲まれた横断幕が見えてきた。
「ウソ八百デッチ上げ強制連行」というようなことが書いてある。右翼だ。

国境の上を歩く

横断幕が同じであるところを見ると、ニュースで観た、韓国の国会議員が靖国神社を訪問したときに騒いでいたのと同じ団体なのだろう。横一列に並んだ10人ほどの男たちが、警官の背中越しに「ナヌムの家=強姦の家」とかいろいろ書いた紙をデモに向けて掲げている。他の紙はよく覚えていないが「売春」とか「強姦」とかそんな言葉がごちゃごちゃ書いてあってあった。あとで件の靖国神社での彼らの映像を確認してみると、そこで彼らが掲げていた紙には
支那中共の娼婦 女の恥 高金素梅
「史上最大の歴史偽造 慰安婦強制連行 支那人朝鮮人の嘘」
「YASUKUNI YES  支那朝鮮人の売春婦NO」
などと書いてあった。ぼくが見たのもこれだったと思う。
バッドトリップへ誘う強烈な字面に、クラクラ来た。いかにもヤクザ風な男たちというわけではないのが、また後味が悪かった(比較的若いのもいたように思う)。あとで聞いたことだが、台湾先住民の人々は、こいつらに強烈なブーイングを浴びせたらしい。

ここからは、歩道のそこかしこに、2、3人の右翼と、それを取り押さえる警官という光景が始まった。トラメガで叫ぶ者、デモに突入しようとして警官に羽交い絞めにされている者。いかにもヤクザ風な男から、一見左翼みたいに見える若者もいる。

奇妙だった。警官たちは、こちらに背を向けて、「彼ら」を取り締まっていた。ぼくらを襲撃しようとして、何倍もの警官の群に取り押さえられている男たち。その間で、適切な距離が保たれるよう、こちらを威圧することもなく警備する警官隊。

右翼たちは、いかにも業界傍流という風情である。大きな団体はここに来ないよう警察にあらかじめ説得されているのだろう。それでもやって来た傍流の小グループ(愛国党もいたが)は、現場でこうやって押さえ込まれる。そうまでして警察がこのデモを守ってくれているのは、もちろんここで外国勢にケガ人でも出て外交問題になることを恐れてのことだ。警官たちのピリピリした感覚が伝わってくる。

右翼。警官。ひとけのない街。
ふと、ここは国境地帯だ、という空想に捉われる。
ここは確かに神保町だが、右翼と我々のあいだに引かれているのは、緊張をはらんだ国境なのだ。警官たちが守っているのは、ひんやりした国境の秩序だ。

国境の向こう側には、「中国人、朝鮮人になめられるな」と叫ぶ日本のナショナリズムが渦巻いている。それはいまや、日本社会の主流といってよい。ぼくはその国境線の上を、日本のナショナリズムが敵対視する人々とともに歩いている。いや、この国境地帯は、線というより、意外と幅をもったひとつの空間だ。安全ではないが、ある可能性を宿した空白地帯。無主の地。

友人が話しかけてくる。
「ねえ、このデモはなにかに似ていると思ったけど、わかったよ」。
眼と鼻の先で暴れている右翼の男たちに全然動じない彼女が、うれしそうに言う。
イラク戦争が始まったときのアメリカの反戦デモ。自分の国の戦争に反対するっていうのは大変なことなのに、数千人、数万人がデモに集まった。あたしはあのニュースを見てスゴイと思った。今の日本は、戦争しているわけではないけど、自分の国のナショナリズムに正面から反旗を掲げるデモに、800人の日本人が集まったっていうのは、やっぱりすごいことなんじゃないかな。」
そうかもしれない。8月15日を(正確には13日だったが)、韓国や台湾の人々とともに、こうやって迎えていることは、やはりすごいのかもしれない。
「靖・国・ノー」
「戦・争・ノー」
ぼくたちは国境地帯を、相変わらず気の抜けたコールとともに進んでいく。