ぼくが見た「靖国行動」(1)

遅ればせながら、ぼくが見た限りでの靖国行動(「平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動」)のレポートを、何回かに分けて書いておこうと思う。

靖国行動は8月11日から15日まで続いたわけだが、そのうちぼくが参加できたのは13日のデモと、14日のイベント開始前後の30分、15日の朝のデモだけだ。最初に顔を出した13日のデモがやはり一番印象が深い。

韓国国会議員の威力
この日は、昼間行われていた高橋哲哉らの講演や台湾の原住民音楽集団「飛魚雲豹音楽工団」や朴保のライブなどを観ることはできず、友人とともに夜のデモからの参加になった。

九段下の駅から会場となった日本教育会館まで人気がない真っ暗な神保町の街を歩く。こうしたテーマの集会に欠かせない右翼のヒステリックな怒号も聞こえない。やっぱりそうか―。このデモには韓国から国会議員が複数参加すると聞いていた。台湾の国会議員(チワス・アリさん)もいる。そうなると警察も右翼に好き勝手はさせられないということだ。主だった団体には事前に神保町に行かないよう説得したのだろう。
それでも、教育会館への近道になる裏道には目立たぬように鉄製の頑丈な車止めが置かれ、警官が配置されていた。静かなだけにかえってひんやりしたものを感じた。

教育会館の前に着くと、デモの始まりに向けてわさわさと人々があふれ始めていた。だが見たところ外国から来たらしい人の姿はない。主催者の言う「数百人」は大げさだったか、などと思いながら人の群れのなかに身をおいていた。ビラを撒いている知人を発見、声をかける。「外国勢?ああ、けっこう来てるよ、韓国から200人、台湾から50人くらい。会場は立ち見状態だったから、あとは800人くらい、合計で1000人は超えてるんじゃないかな。こんなに来ると思わなかったから、ビラが足りないよ!」。確かに、エレベーターや階段から、勢い込んだ人々が途切れることなく吐き出されてくる。重要な節目のデモ特有の熱気。

お父さん!私たち靖国神社に来ました!
気がつくと聞こえてくることばに次第に韓国語が混じってくるようになった。大量ののぼりを抱えたおじさん。いかにも今時なかんじの若者。おばさん。みなそろいの白いTシャツを着ている。このなかには、勝手に父を靖国に合祀されたことに対して、訴訟を行っているひともいるはずだ。


まだまだ人の流れは終わらなかったが、ちらほらと不思議な人々が混じりだしていた。なめし皮のような上着と帽子をかぶったおじさんたち。なんだろう、と思っていると急に、黒と赤でデザインされたTシャツの集団が駆けるように前を通りすぎ、なめし皮のおじさんたちもそのなかに吸い込まれていった。Tシャツの背には「還我祖霊」。台湾原住民の人々だ。先頭にはチワス・アリさんがいる。


「ハクセンドゥル!ワラ!(学生たち、来い!)」。のぼりを抱えた韓国のおじさんが怒鳴っている。学生たちが駆けつけると、次々とのぼりを手渡す。韓国ののぼりは、日本のいわゆる桃太郎旗―上辺と片辺を固定したものと異なり、固定せず鯉のぼりの様にヒラヒラと舞う長い帯状の布だ。高さは3〜4メートルもあって迫力満点。ハングルの書かれた色とりどりの布が、頭上高く風に流されている。美しい。なんとか読み込んでみる。「アボジ!オモニが…」といった文字が見える。急に日本語で書かれた言葉が目に飛び込んできた。
「お父さん!私たち靖国神社に来ました!」
美しい靖国の神話として繰り返し語られてきた同じ言葉が、その文脈を反転させている。
彼らは確かにここまでやってきたのだ。
胸が詰まって、形容し難い感情がこみあげてきた。